雑感

寺青大震災復興支援活動~後編~

お寺の隣では、自衛隊の方々が瓦礫撤去作業を行っておられました。

その他にも各地で自衛隊による作業が続けられていました。

お寺の山側にはもう一つお寺があったのですが、墓地はご覧のような被害状況。

裏山の山頂には神社があり、そこから海岸部を一望できるとのことでお昼休憩に登ってみました。

頂上では、海に向かってきれいなお花があちこちにお供えされていました。

その中にこんな詩も貼ってありました。

風などで随分破けてしまっていますが、こんな詩が書いてありました。

 

 まもりたいものがある
  それは 生命(いのち)のいとなみ 豊かな自然
 つたえたいものがある
  それは 先人の知恵 郷土の誇り
 たいせつにしたいものがある
  それは 人の絆 感謝のこころ
 わたしたちは 石巻で生きてゆく
  共につくろう 輝く未来

 

富山に帰ってから調べてみると、これは「石巻市民憲章」とのことでした。

この大震災を乗り越えていこうという石巻市民の力強い思い、意志にあふれています。

「輝く未来」をみなさんが少しでも早く共に見ることができるよう、これからも自分にできることから続けていきたいと思いました。

作業現場のお寺周辺を眺める


寺青大震災復興支援活動~前編~

6月1日から3日にかけて、高岡教区寺族青年会の東日本大震災復興支援活動に参加してきました。

第一回目となる今回の寺青支援活動は全9名での活動となりました。

二台に分乗し、以前ブログで紹介した高岡市からの支援物資も積みこんで、1日の午後10時過ぎに高岡を出発。

仙台市近くの国見SAで仮眠をとって、朝7時前に仙台別院に到着しました。

お朝事をお勤めし、早速今回の支援活動先である石巻市の浄土真宗本願寺派(お西)のお寺へ向け出発。

途中道路が渋滞していたこともあって到着まで二時間近くかかりました。

幹線道路は随分復旧が進んでいますが、道路の脇を見るとこのような光景が広がります。

お寺に着くと、被害の大きさを改めて感じました。

随分片付け作業は進んでいるようでしたが、墓地はまだまだこのような状況です。

全くの手付かずのところもまだまだ残っています。

墓地には重機を入れることができないので瓦礫撤去は全て手作業とのことでした。

墓地から本堂を眺めると、反対側まで見えてしまっています。

本堂内は片付けが進んでいますが、現在は何も置いてありません。

今回の支援活動はこのお寺さんで二日間にわたって瓦礫撤去作業を行わせていただきました。

 

~後編~ につづく


宮城県に行ってきました~瓦礫撤去作業・視察編~

27日、炊き出しをした26日と同じく仙台は快晴。

宿泊させていただいている仙台別院は朝7時からお朝事のお勤めでした。

本堂の中は全国から集まった支援物資が山積み。
様々な種類の物資がありましたが、過剰に余っている物もある様子。

支援物資を送るときは、刻一刻と移り変わる被災地の不足情報を常に確認する必要性を痛感。(こちらで用意した物が無駄になるのはもちろん、被災地の方もせっかく持ってきてくれたものを無下に断るわけにもいかず、結果過剰な在庫となってしまう)

さて27日の活動は仙台市に程近い多賀城市の災害ボランティアセンターにお世話になりました。

9時前に多賀城のボラセンに到着するとすでにたくさんの人が列を作っていました。

二階に上り、そこでマッチング作業待ち。

被災した市民からの依頼に応じて、担当者達がテキパキとボランティア人員を振り分けておられました。

私たちはちょうど5人でのチームとなりました。

場所は韓国料理店。
店が生活住居と一緒になっており、一階の店舗裏の生活部分が津波で相当な被害を受けていました。

地面から1m50cmを越える高さまで津波の跡が。

5人で一生懸命働いたつもりですが、その家全てを片付けることは到底無理でした。

自分ができることの小ささを痛感。
被災している地域はもっともっともっとあります。
一人一人が自分にできることをしていかなければならないと感じました。

午後3時に作業を終え、再び若林区を視察。

被災した浄土真宗のお寺を訪ねました。

鐘楼は倒れ、親鸞聖人像の笠も曲がってしまっていました。

本堂内もある程度片付いていましたが被害の大きさを見せつけられます。

墓地も大変なことになっていました。

ちょうど震災の四十九日の前日でした。

お参りしておられたご老人。
誰がお亡くなりになったのでしょうか。声がかけられませんでした。

翌28日は宿泊させていただいていた部屋の掃除をした後、視察のため気仙沼市に向け出発。

途中まで高速道路を使ったのですが、到着まで3時間弱かかりました。

気仙沼市に入ると、まもなくして津波の傷跡が。
恐ろしいまでの津波の破壊力。

ここにも津波が襲うまでは私たちと何も変わらない普通の家庭があったのでしょう。
生活の跡が残っています。

巨大な船が車の行く手を塞いでしまっています。

海の中に沈んでしまった道路。

対岸にもたくさんの船が打ち上げられていました。

海水が引かず、臭いも相当な範囲に渡っていました。

このような現実はここだけではないでしょう。

実際に被災地に行ってみると、この震災の規模の大きさを改めて感じさせられました。
そしてまた、自分がどれだけ小さいかということも。

今、人間一人一人の意識が問われています。

一人一人がどんなに小さいものであったとしても、皆でがんばり、つづけていけば、必ず復興は遠い未来のことではないと信じています。

これからも自分にできることを考えながら、皆でできることを互いに考えあいながら、被災地への支援を継続していきたいと思います。


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